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【ネタバレなし】映画『帰ってきたヒトラー』 感想

あいさつ

見えてきましたゴジラが、やってきたTOHOシネマズ新宿。帰ってきたTOHOシネマズ新宿、というわけで帰ってきたヒトラーを観てきました。

 

日本では6/17公開、原題ER IST WIEDER DA。英訳すると He is here againとなるらしい。そんな今作、劇場へ行ってみると平日夕方なのにほぼ満員。注目作だということが伺えます。

 

あらすじ

自殺したはずのヒトラーが目覚めたのは現代。朦朧としたまま2014年のドイツを彷徨っていた。

 

テレビ局のディレクター、ザヴァツキは副局長に解雇され、復職するための特大ネタを探している最中、ヒトラーに扮した男を見つける。

 

コメディアンだと思い込んだザヴァツキはヒトラーと共に各地を周りその反応を撮ってテレビ局に売り込む。その結果ヒトラーは有名になっていき――

という大分はしょりまくった序盤のお話です。

 

 

 

この映画しゅごい……今まで全席日本人の観客でこれほど笑いが起きる映画は経験したことがないです。

それがほぼ後半まで続くのですが、ある瞬間から笑いが一切途絶える。そんな映画でした。観たいと思いませんか?

 

1.ナチ映画といえば……

ナチス映画って何が思い浮かびますか? 大体の人は際物の映画、おもしろ要員、おもしろ党員として描かれているものを思い浮かぶと思います(絶対)。
これとか
ナチス・イン・センター・オブ・ジ・アース [DVD] アイアン・スカイ (字幕版)
 
では、指導者であるヒトラーという人となりに迫った映画はあったのでしょうか?

 

プルンプルン…
お、何か聴こえてきましたよ
おっぱいぷる~んぷるん!
でお馴染みのヒトラー~最期の12日間~がありましたね。あれは上映当初、ヒトラーを人間的に描きすぎているという批判がされたのだそう。
 
何が言いたいかというと、ナチスヒトラーに対するタブー視が尋常ではないものだったということ。今回の帰ってきたヒトラードイツで製作されました。

 

ドイツは徹底的にナチスを想起させるものを法律で禁じており、挙手も人差し指を立てて行います。

 

今までの映画は徹底的にヒトラーを馬鹿にして、ナチスをゾンビに仕立て上げたり、こき下ろす作品が多かったのに対し、ヒトラーという人間に迫ったこの映画がドイツで製作された凄さが分かると思います。

 

 2.風刺としての本作品

タイムスリップものって色々ありますが、そういったものはセオリーが決まっています。最新の技術にあたふたし、カルチャーギャップを感じ、そういった技術を褒めそやす

 

しかし、本作品でのヒトラーはそういったものにすぐ馴染み、どう利用していくのかを考えていく。ここにこの作品が風刺劇たる理由があると思います。

 

何故、ヒトラーが蘇ったのが今なのか。ドイツでは、移民・難民問題が尋常ではない社会問題となっています。

 

彼らのせいで職を奪われると危惧する労働者たち、そんな彼らに手厚い社会保障を行う政府、彼らのせいで治安が悪くなると危惧する者達(実際にケルンで集団性的暴行がありましたね)。弱腰な政治家等々……

またテロも身近な問題ですよね。

 

そういった不満が、移民難民排斥運動として湧き上がり、そこにヒトラーが現れる……という内容はリアルな人々の不満を引き出すのに十分な成果を上げています。

 

この映画では、セミ・ドキュメンタリー手法が取られており、ヒトラーに扮した役者が街中に繰り出し、アドリブでやり取りをしていくというものです。

 

ここで面白いのは触れ合っていく内に、人々の不満がどんどん発露されていくということ。表面ではタブー視していたヒトラーに対して現在の不満をぶちまけ、過激な発言が出てくる。

このことに対してデヴィッド・ベント監督はパンフレットでこう述べています。

人々がマスッチ演じるヒトラーに対してとても好意的に反応するのを見て驚いた。(中略)私たちはこんなにも外国人や民主主義を大っぴらに非難する人がいるとは思っていなかった。(中略)ドイツ全土を巡ったこの旅は非常に恐ろしい経験だったけれど、この映画でセミ・ドキュメンタリー手法を用いたことは正しかったと実感した。 

 

つまり、人々がヒトラーに心を開くのはヒトラー自身に魅力があったことにほかありません。原作者のティムール・ヴェルメシュはパンフレットでこう述べています。

多くの人々が、人間を洗脳する、悪の化身としてのヒトラーを見たいと思う。そうすれば彼を罪人にできるからだ。

しかし、それでは彼が大衆を魅了したからこそ、政界での台頭やホロコーストが可能だったという真実を隠してしまう。

当時の人々はヒトラーを信じこんだが、それはヒトラーが明らかに友好的で、賢く、魅力的に見えたからだ。だが現代でさえ、我々がそういう見方を受け入れることは難しい。 

ある意味この映画は、このアドリブ劇が一番の見所です。

上記した後半から笑いが一切途絶えるという経験から、この映画がどうなっていくのかやどういう作品なのかが分かって頂けると思います。率直な感想は「怖い」です。

 

3.小説との違い

 映画が面白ければ次は小説も、ということで定価19.33ユーロの本書を買いましょう。

2012年に発売された本書の定価は19.33ユーロ。これは1933年のマハトエアグライフング(権力掌握)が成された年に由来しています。

残念ながら日本語版は文庫版ニ冊で1382円なので南北朝時代ですね。

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

小説を映画化するにあたって、設定は色々と変更されています。

  • 映画だと様々な人物の視点から描かれているものが、小説ではヒトラー自身の視点、つまり一人称であるということ
  • 映画でのザヴァツキは一コメディアンとしてしか認識していなかったが、小説では演説に心酔し、ゲッベルス(宣伝大臣)のような働きをすること。
  • 映画では2014年に目覚めるが小説では2011年に目覚めるということ

など、細かい違いを除けば以上の点が最大の相違点です。

 

この小説、何が凄いかというとヒトラーが疑問に思うことを通じて、ドイツ人が何を不満に思っているのか、ドイツにどんな問題点があるのか知れるという点。そして、ヒトラーの考え方の特徴を捉えている点。

 

この後者の点が厄介でして、いつしかヴェルメシュが描きたかったヒトラーの人間的魅力が文字を通して、訴えかけてくる……

 

話の筋も違いますし、緑の党との討論があったりとまた映画と違った面白さや見所がありますので、是非読んでみてください。文庫版の方が著者による細かな注釈もついておすすめです。

 

4.最後に

 こういう作品の批評は取り扱いが難しいです。

他の人のレビューを読んでみると、自分の政治主張を全面的に押し出したものとかが多く苦手です。僕はそういったものを一切廃してこの記事を書いているつもりですがどうだったでしょうか。

 

監督は人々が考えたり、議論したりするきっかけになると思うと述べています。

私はこの作品で歴史や時事に関心を持ってもらえるといいのではないかななんて思ったり。ゲームからでも良いですし、歴史は最高のエンタメだと思っています。

この作品は奥深いので、この浅い記事だけでなく、自分自身でもっと調べるとより面白さが味わえます。

 

この作品を見ておけばより楽しめるというものをご紹介。

  • ヒトラー~最期の12日間~←絶対見ましょう

理由はある場面をパロったシーンがあるから。

総統閣下シリーズ(動画の一ジャンル、映像に嘘字幕をつけて総統閣下が物申すという動画)を観るだけでもいいですが、帰ってきたヒトラーではヒトラーが自殺後に現代へ蘇る設定ですので、最後の12日間を見てからですとまた違った視点を得られます。 

 

ヒトラーの死体はガソリンで燃やされますので、キオスクのおっさんがガソリン臭いと言った理由も分かりますね。

 上でも紹介したように出来れば読んで欲しい一冊、いや上下で二冊。ヒトラーの考え方や恐ろしさが一人称の分、映画よりダイレクトに訴えかけてきます。

  • 教科書

作品とは言えないですが……何故、ナチスが台頭したのかを理解するには一番かなと。簡単ににわか知識で説明してみます。

ナチス台頭までの道のり

第一次世界大戦の後、敗戦したドイツは莫大な支払いできない程の賠償金を背負います。連合国による工業地帯の占領が止めとなり、ハイパーインフレが発生します。札束を積み木にして遊ぶ子供の写真が有名ですね。

 

この頃からお金持ちのユダヤに対する反感が醸成され、ヒトラーも参加したミュンヘン一揆が発生しますが、レンテンマルクの発行によりハイパーインフレが落ち着きます。

 

と思いきや世界恐慌が発生。「持てる国」である米英仏は植民地や自国のみでブロック経済を形成できましたが、「持たざる国」である日独伊は経済崩壊。

ここで、いよいよ反体制に傾き、ナチ党が台頭します。ナチ党は様々な経済政策により、景気回復を成し遂げ支持を得るわけですね。

 

このように民衆から支持されたナチスという構図にも背景があります。にわか知識の僕より、詳しく知れますので教科書を引っ張りだして、懐かしさを感じながら大人のお勉強もいいものかもしれませんよ?

 何故ナチスがタブー視されるかが分かります。ひたすら陰鬱な気分になりますが現実ですからね。サウルの息子シンドラーのリストなど僕より詳しい方々がネット上で紹介されていますのでそれを見ていただければと思います。